2007年 7月 2日

国際ミッション in 台湾 Prat2

カテゴリー: 未分類 — ususumu @ 6:10 PM

皆さんこんにちは!今回も台湾の話です。ラジオでのお話しをプレイバックします。下の写真は台湾高速鉄道の終点「左営」駅での写真です。台湾の西子湾(シーツーワン)JCのメンバーの方がお出迎えに来てくれてましたので記念撮影。女性とジャケットを着た人が西子湾(シーツーワン)JCIの方でその他が宇治JCのメンバーです。ちなみに私はジャッケットを着た人の真後ろにいます。時間は15時40分頃です。

1037a.jpg

ここからバスで宿泊先の「高雄國賓大飯店(アンバサダー・カオションホテル)」に向かい、16時30分にチェックイン。その30分後には基調講演会場の「高雄漢来大飯店(グランド・ハイライホテル)」にバスで移動。

18時00分より、蔡焜燦(さい こんさん)氏より台湾統治時代の日本政府、日本軍、日本人の話しを聞かせていただきました。現在の日本の学校教育では教えてくれない、いや、とある政党の謀略で封印されている日本の台湾統治における歴史、我々のお祖父さん世代が持っていた利他の精神や思いやりについて、日露戦争から日清戦争、第二次世界大戦の話しを交えてお話し下さりました。

1001a.jpg

1927年(昭和2年)生まれの80歳。耳が遠いですが、凄い元気なお爺さんです。半導体デザイン会社「偉詮電子股分有限公司」会長。1942年に戦線の拡大によって台湾人にも志願兵制度が適用。1945年少年航空兵として奈良県高畑の岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入校したが、飛行機整備などではなく一般的な教科を受ける。終戦後は台湾に帰り、船舶会社に勤めるなどして現在に至っています。

何より驚いたのが司馬遼太郎の著書「街道をゆくー台湾紀行」に案内役として老台北(ラオ・タイペイ)の名で登場していると言う事です。蔡氏の歴史が語るように日本語がぺらぺらなのでとても話しが理解できました。ちょくちょく京都にも来ておられる様で、我々よりも京都通でしたよ。

 さあ、今度はいつ更新するかはわかりませんが、次回はドラゴンボートの話を書きます。それまで皆元気でね~、バイビュ~!

HTML convert time: 0.293 sec. Powered by WordPress ME